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季節ごとにあしらう器や箸置を愛でながら、五感のすべてで四季を感じる和の心。「いただきます」を未来へつむぐ

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2019年7月9日(火)

お茶を飲むのに【湯のみ】とは、これいかに?

今では当たり前に飲んでいるお茶も、江戸時代以前は高級品。

庶民の口になどそう入るものではありませんでした。

 

ではいったいなにを飲んでいたのか?

もちろん、白湯です。

 

一部のお金持ちは【湯のみ】でお茶、でも、一般庶民は湯を飲む【湯のみ】

しかも、江戸時代より前の時代の食器は、基本は木。

木をくりぬいただけの木器だったり、それに漆を施して強化した漆器だったり。

料理に油を使う習慣がなかったこの時代では、食器を洗剤で洗う必要はなく、

食事のあとに、漆器に白湯を注ぎ、たくあんできれいに拭いて次の食器に注ぎまた拭いて、

最後にご飯の飯椀(木の飯椀なので、木へん)に白湯を注ぎ、

残った米粒とともに湯を飲んで、たくあんを締めにいただく。

あとは軽く拭くだけ。

 

きれい好きの現代の子どもたちに話すと、

「きたなーい、いやだー!」

と言われてしまいますが、これ、明治生まれの私の祖父は、

平成になって80代半ばで亡くなるまで、食事の後はこのやり方をしていました。

明治大正昭和の戦前までは、きっと当たり前の作法だったのだと思います。

 

食事に、ご飯と味噌汁が基本の日本人の和食卓には、

大昔は食事中にお茶や白湯を飲む習慣はあまりなく、最後にいただくのが普通。

 

湯のみの最初の始まりは定かではありませんが、

江戸時代中期の、江戸前鮨のお口直しのためにお茶を飲むようになった屋台文化から、

この陶磁器の【湯のみ】という食器が庶民にも浸透していったのだと思われます。

 

※関連記事ページ

【湯のみ】と【汲み出し】←コチラ

【湯のみ】の始まり①←コチラ

【湯のみ】の始まり②←コチラ

石へんの【茶碗】と、木へんの【椀】←コチラ

お茶を飲むのに【湯のみ】とは、これいかに? ←コチラ

 

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